氏名 : 山田恵一 血液型O型 50歳代

 

  • 家族構成 :以前嫁と男の子がひとりいました。以前ね( ノД`)シクシク…
  • 現住所  :まぁまぁ田舎、ちょっと車で移動したらまぁまぁ都会
  • 出身地  :くそ田舎
  • 取得免許 :中型自動二輪、自動車免許、薬剤師免許、アマチュア無線免許
  • 尊敬する人:父親
  • 嫌いな人 :傲慢な人、薬剤師(傲慢な人が多いから)
  • 特技   :馬券を外すこと!
  • 病歴   :睡眠時無呼吸症候群、糖尿病、高血圧症の三重苦!
  • 現在望むこと:心身ともに暇な状態になりたい。具体的には2度寝できる状況
  • 現在望まないこと:仕事に行くこと
  • 趣味その①:プロレス(新日本プロレス:昔は藤波辰巳➡現在は棚橋弘至のファンです)
  • 趣味その②:競馬(メジロマックイーン、トウカイテイオー、ビワハヤヒデに始まりアグネスタキオン~そしてディープインパクト・・・アーモンドアイへと・・こうしてみたら競馬は大河ドラマですね!)
  • 趣味その②の2:好きなジョッキー①(岡部幸雄:みなさんご存じ世界の岡部!僕が競馬を始めたころ岡部騎手の先行抜け出しのレースぶりに痺れたもんです!)
  • 趣味その②の3:好きなジョッキー②(武豊:若かりし武豊は嫌いでした。岡部のライバルだったので・・・でも今は同世代ってこともあり応援してます!)
  • 趣味その③:70~90年代洋楽(The Eagles , Phil Collins ,Eric Clapton ,  Paul McCartney ,Michael Jackson ...書いてたら終わらないですね。これらのアーチストのライブ行倒してました。今は時間がないので行けてないですけど・・)
  • 好きな言葉その①:Take it easy! ⇦僕が敬愛してやまない岡部ジョッキーの座右の銘です!
  • 好きな言葉その②:時間は引き算、知識は足し算(時間は有限、知識は無限)
  • どうしてもできないこと:整理整頓、掃除、見捨てること

 

いまからおおよそ50年ほど前に、田舎の4人兄弟の3男としてこの世に生を受けました。

両親ともに公務員。母は市役所の職員、父は教師といった家庭で育ちました。

父親が教師ということもあり、自分が休みの日は当然父親も休み。。。

自宅に田んぼと畑を有していたので休みの日は雨が降らない限り、農作業をやらされていました。

 

おかげで、草刈り機などは小学校に通いだしたころには扱うことができるようになっていまして、爆音を轟かせていました。

また、田んぼの中でのトラクターの作業は楽しかったです。

小学生がトラクターで、田んぼの中を闊歩するんです。土をガラガラと雄たけびを上げながら砕き進んでいくんです。

子供ながらに驚愕でした! そんなすごいものを自分が操作してるんです。ラジコンの比じゃなかったです。

 

自宅に初めてパソコンが届いたのが確か10歳くらいだったと思います。

自分の記憶が正しければ、機種名は「ベーシックマスターレベル2」

当時はパソコンって言われてなくて、マイコンって言ってたんだけど、、、

この日立が作ったコンピューターこそが、日本初のパーソナルコンピューターでした。

電波新聞社が発行する「マイコンBASICマガジン」を買って、パラパラページをめくって、、

BASICという英語に似た言語のプログラムをカタカタ一生懸命入力して楽しんでました。

当時、教育界で目の敵にされていた「インベーダーゲーム」をそこで再現して遊び倒してました。

ちょっと価格をネットで調べたら228,000円もしたみたい。

当時の物価から考えると高額商品のようです。

父親が「これからの時代はコンピュータの時代になる」といって買ってきたんです。

先見の明があったんでしょうね。

でも、このベーシックマスターってモノクロだったんだよねー

カラーにものすごくあこがれてました。。。

のちのち、FM7という富士通のパソコンを買ってもらったんです。

カラー表示ができるパソコン!

当時の自分にとってはスーパーコンピュータ!

うれしかったですねー!

 

中学の頃の思い出って、部活は柔道部に入ってたんですけど顧問である校長先生が来ないので…

みんなで、さぼってたこ焼き食べに行ったり、「チョロQ」で遊んでみたりしてたなぁ。

チョロQ知ってます?

大きさ5cmくらいだったかな。車をデフォルメさせてゼンマイ仕掛けでビューーンって走らせるやつ。

部活をさぼって、近所のお店に行って、これで遊んだりしてました。

やっぱり、男子たるもの車にあこがれはあるんですね!

 

ずっと遊びほうける生活をしたかったんですが、、、

自分が休みの日は親も休み・・・

日曜とか春、夏休みなどは毎日みっちり野良仕事させられてました。。

まぁ、そのかわり勉強はしませんでした。当然の話ですね。

 

そのかいあって?見事に地元の高校に入学。普通の県立高校です。

でも、その高校って元々、藩校だったらしく歴史はあったようです。歴史は・・・

その高校でも真面目?に過ごしていたので担任の教師から

「山崎先生の息子だろ、なんでそんなに不真面目なんだ」

って言われてみたり、弟も同じ高校に在籍してたんですけど、他の教師からも…

「山崎の兄貴だろ、なんでお前はそんなに不真面目なんだ」

とかも、言われたりしてました。

 

なぜなんでしょう? ちゃんと一生懸命さぼることを考えていたんだけどなぁ。

確かに、教師がなんか理不尽なこと言ったりしたら、文句言ったりしてましたからね。

そりゃ、間違ってる!なんて。。

まぁ、目を付けられるのかもしれないですね。

 

そんな真面目な高校生活を送っていまして、そのあとの進路どうしようかって思ったときに、、

獣医学部に行きたいなぁなんて、漠然と思ったんですが。。。

その時気が付きました。。

自分には「おつむ」に問題があるって。。

周りからは弟が替え玉になって受験したらいいなんて言われたりして。。自分もそうしたほうがいいと思ったりして。。。

 

獣医学部は無理みたいだから、農学部に行こうかなぁなんて安直に考えていたら。。。

「これからの時代、農学部に行っても飯が食えんから薬学部にしろ」って父親に言われて、、、

素直な自分は、薬学部に行くことになりました。

当時、薬剤師ってなに?って感じで全く分かっていなかったんですけど。適当でした。

 

そのように、何となく薬学部に入ったんですが、大学生活は何となく過ごしたのではありません。

大学時代は、幼少の頃から培ってきた、効率化を図る(要するにさぼる)という思考に真正面から真摯に取り組みました。

そのかいあって、自分の友人であるF氏は僕の代わりに代返、レポート提出などをさせられる羽目になりましたけど。

その彼とはなぜか現在もいい友達でいます。

 

その彼とは一緒に僕が乗るホンダの「VTZ」っていうバイクに2ケツして、あちこちに行ってたなぁ。

ひとりで並ぶのが嫌だったので、一緒に徹夜してサイモン&ガーファンクルのライブチケットを買いに行ったこともありました。

そういえば、そのバイク一度盗まれて水玉模様になって帰ってきたことも。

悲しい思い出です。。。

 

そういえば、競馬を覚えたのも大学に入ってからです。

当時「ダービースタリオン」ってファミコンゲームが発売されまして、まぁそのゲームの面白いこと!

大学さぼって「ダビスタ」、代返頼んで「ダビスタ」、寝る間も惜しんで「ダビスタ」・・・

ここから自分の競馬人生がスタートしました。

 

上記のように、効率化を図ることを信条としていた私ですが、効率化を図りすぎたため、、、まじめにコツコツ勉強する事が出来ず、、、

見事!薬剤師国家試験を不合格になりました!!

翌年もう一度国家試験を受けることになったんですが、当然ちゃんと勉強もせず遊んでばかり・・・

国家試験の直前はプレステのゲーム、「リッジレーサー」にドハマり!

当時グラフィックが秀逸でしたからね。(あくまでも当時ね!)

自分の中の記憶では、非常に洗練されたゲームだったような気がします。

 

そのリッジレーサーを朝から晩まで。。。何のことない、現実からの逃避です。

現実と向き合うということができなかったんです。

なんか、、、はーっってため息つきながらゲームしてましたね。当時は。。。

 

ダビスタもそうなんですが、リッジレーサーってみなさん知ってるのかな?

両方のソフト、続編結構出ていた気もするので、知ってる人もいるかもね。

自分が好きなことをするって、現実逃避するにはピッタリです!

 

いま現実逃避できる一番のアイテムってなにかなぁ?

競馬? プロレス?

なんか、最近しっくりきてない気がしますね。。。

 

それはさておき、当時は国家試験の勉強もせずゲームばかりしてたんですけど、、、

何故か国家試験受かってしまいます。

それも、自己採点ではありますが結構な高点数で・・・

薬剤師の国家試験って、今はどうか知らないけどマークシートだったんです。

 

何でもやってみるもんです。塗ったら当たるときもあるんです。

そのときは、やってみなけりゃわかんない。ってことを学習した気がします。

そのあと、そこで学習したこと、コロッと忘れちゃったんですけど。。

 

国家試験に受かってしまったので、とりあえず就職しなければなりません。

ただ、なんとなく生きてきたので・・・

当然先のことなんかあんまり考えてません。。

とりあえず、5分ほど熟考しまして…

競馬の帰りに面接が出来そうな調剤薬局を選び、面接ってやつを行いました。

なんだか、いい時代だったんですねぇ。採用です。

 

でも、なぜか就職した会社ではなく、もっと規模がでかいところに出向という形で就職。

でかいところがいろんな経験が出来るから、ちょっと行ってきてねって感じでした。。

自分はどこでもよかったので「はーい!」って感じで一年程、丁稚奉公ってやつをすることに。。。

 

ホントにあちこちの店舗に行かされました。

ひとがいないってことから、就職して一週間目から一店舗責任者として任されることに。

これ、めちゃくちゃ嫌でした!入ったばっかりで何にもわかってないのに。

おなかグルグルって感じ。。

いまなら、鼻くそほじりながらできるんですけどね。

 

入社して一週間の段階で、責任者として一店舗を任された時って・・・

背中に汗びっしょり、、、患者さんに何聞かれるんだろうとか。。。

薬間違えたりしないだろうとか、、、いろんなこと考えて頭がパンクしそうだったんだけど・・・

 

いまなら、鼻くそです。

って書きましたよね。。。

これって、どういう意味か解りますか?

 

ひとって誰でも未知なものに対して、恐怖を抱くんです。それって仕方がないことです。

何にもわかってないって怖いんです。

だけど、ある程度経験を積めば、知識が増えれば鼻くそほじれるんです。

なんってことなくなっちゃうんです。

 

今振り返って、当時のことを思い出したら、、、

なんで、あんなことでビビってたんだろうってことがわかります。

これは何を意味するかっていうと、知識と経験さえあれば、何事にも対処が可能になるんです。

だから、物事に対して逃げちゃダメなんです。

立ち向かってチャレンジする事で知識と経験を得ることができるんです。

 

みなさん自動車免許を取った時のことを思い出してください。

路上教習、少なからずビビりませんでしたか?

今、毎日車を運転するうえで、ビビって運転してますか?

知識と経験を積んでいるからこそ、車の運転に対して過度な恐怖感ってなくなってるんです。

いかに、知識と経験が必要ってわかるでしょ。

 

話を元に戻しますが、一年間丁稚奉公にいっていろんな経験を積みました。

何にも知らないのに、いきなり言ったこともない病院の薬局に夜勤にも行かされました。

何かあったら、連絡してきてねーって上司からの一言で。。

朝まで、夜勤した後そのまま調剤薬局に行くんです。VTZに乗って。

 

これを週2回してましたね。

19:30~7:30拘束で5,000円。そのうち一割引かれてもらうのが4,500円。

夜と朝の分の弁当買って。。最初バイクは実家においてたので、病院までの移動はタクシー。

当然、朝薬局に行くのもタクシー、重役出勤みたいでしたねぇ。

当時ギャラはいくらぐらい残ってたかなぁ。。あんまり残らなかったと思います。

その余ったお金を競馬につぎ込んで、最終的には全部なくなるのが必勝パターンでした。

 

一年の出向?を経て、元々の会社に戻り、何年くらい働いたのかなぁ。

7年くらい?

あんまり覚えてませんけど。。そこで働いてるところも患者さん強烈に多かったですよ。

眼科がメインの薬局ではありましたけど、一日の処方箋100枚だと今日は少なかったね、なんて言ってましたから。

 

多い時は250人以上の患者さんが来たんじゃないかな。それを僕薬剤師ひとりと、事務さん2人の三人でこなしてました。

午前中に100人超えたりしたら、患者さんの顔がみんな同じに見えてくるんです。

まぁまぁヘロヘロには、なってましたけど。。。まだ若かったんでしょうね。

いまでは、絶対無理です。

 

そんな感じで、なんとなく働いてたんですが、30半ばの時に家庭の事情で実家に帰ることにしました。

家庭の事情ってことは確かにあったんですけど、たぶん仕事に飽きたって部分はあったんだと思います。

そこで、市民病院で働くことに。。

 

市民病院に入って思ったことって。。。

自分が言うのはおかしいけど、みんな不真面目。

こんなこと言ったらだめだけど、不正しまくってる人もいました。

ウソの残業を申請してみたり、必要ないのに経費を使ってみたり。。。

ここで詳しくは書けないけど、最初自分の上司から相当虐められましたからね。

まぁ、最終的にはやり返して、完全勝利してきっちり落とし前を付けてもらいましたけど。。

 

こんなことばっかりしてたので、一部のお偉いさんからは強烈に嫌われてましたね。

悪いことしてるような人からはね。

そのかわり、一部のひとから(虐げられてるようなひとたち)は絶大なるご支持を頂いておりました。

僕が、率先して文句言ってきたから。

 

入って数か月の僕に、文句言われてたら、言われる方は堪んないですよね。

そんなひとたちが、手を変え品を変えイビッてくるんです。

僕はそんなのなんとも思わないから、反撃してましたけど。。。

そのうち、僕がダメージを受けないと思ったのか、僕の周りをいびり始めて・・・

 

そんなことに疲れちゃいまして、結局一年ちょっとで辞めました。

辞めて、病院の目の前の薬局に就職しまして、、、嫌みのように病院の中うろついたりしてましてよ。

そうそう、その僕に対していろいろとしかけていた人って、その後クビになりました。

ちょっとした問題が表に出たんです。

さすがに内容は書けないですけど。。。報道されました。

 

その病院の前の薬局で働いてたんですけど、結婚することになり、実家を離れて今の職場に流れ着いたところです。

この会社も7年くらいになるのかな。

そろそろ飽きてきてます。

正直な話、離婚しちゃったのでこの場所にいる意味があんまりないんです。

現在の社長に大変お世話になってるので、裏切ることはできないんですけど。

まぁ、辞めることが裏切り行為には決してならないから、大丈夫とも思ってますけど。

 

 

性格はたぶん、真面目

僕のことを知ってるひとの一部はものすごくまじめな人と認識してるようです。

一緒に働いてないひとはパッとみて真面目だと思ってます。

が他方、一緒に働いてる人は適当なひとって思ってます。

 

僕が絶えず、「まぁいいんじゃない」って言ってるから。

これは、僕的にはわざと言ってたんですけどね。

小さいコミュニティの場合、縛り付けることは効率的でないと判断しました。

大きいところではある程度の締め付けは必要ですが、小さいコミュニティでそれを行うと閉塞感が半端なくなるから。

 

いま思うことは、協調性って大切だと自分としては思っていたんですが、行動が全く伴ってなかったと、、

最近になって自覚するようになったことかな。

どうやら自分の信念を曲げるのがものすごく嫌な人みたい。

頑固で融通が利かないひとなんでしょうね。

この年齢になっても気に入らないことは言わずにおれないようで、我ながらめんどくさいひとです。

時間って有限なので、みなさんは面倒くさいやつとは距離を置くようにしましょうね。

時間は絶対的に有限なんでね。。。

 

 

最後に・・・なぜ投資を行う決断をしたか。

 

僕が投資をおこなおうと思ったきっかけは、離婚によるメンタル崩壊です。

お恥ずかしい話なんですが、当時離婚という一大イベントに耐えれず、鬱になってしまいました。

鬱って厳しいですね。。。

 

冗談抜きであんなに辛いものなんてわからなかったです。

薬剤師のくせにね。。

なにごとも経験してみるもんです。

当時は3分と話ができない・・・

話をしようものなら吐き気がしたりしてました。。

 

当時は何とかして鬱になる前に戻りたいって、一生懸命もがいてました。

鬱になる前がA地点と仮定したら鬱になった時がB地点。

A地点に戻りたくて、もがいてる最中になぜかネット上で一人の男に出会いました。

まぁ僕にとってのメンターってやつでしょうね。

彼と出会ったおかげで、なぜかA地点に戻るんじゃなくてC地点に着地しそうになってます。

 

僕はすごくラッキーでした。

今までネットのイメージって申し訳ないけど・・・

顔が見えないから騙す、搾取するってイメージだったんです。

でも、僕が出会った彼はそんな人と真反対で素晴らしい人でした。

彼から一度きりの人生、時間が一番大切だってことを学んだ気がしてます。

 

変な話、お金なんかよりも、時間のほうが絶対大切なんです。

お金ごときに苦労しちゃダメなんです。

だからお金に苦労しなくて済む状況を作らなければいけないってことに気が付いたんです。

 

労働には限りがあります。

なぜかって労働には時間という制約があるから。

ひとは一日24時間という枠をはみ出すことは絶対に不可能です。

しかも、命とも同義語である時間をお金と引き換えにしています。

絶対に増えることにない時間との取引なんです。

 

労働って果たしてまっとうな取引なんでしょうか?

投資というのはお金が働いてお金を生みます。

そこに時間という概念は発生しないんです。

時間とお金の取引って実は不利な取引じゃないかって思ったりしてます。

 

もう自分も50を超えてめでたく糖尿病にもなり、老眼でスマホを見るのが厳しくなってきてます。

おかげで時間というものの大切さがちょっとだけ理解できるようになりました。

労働がダメなんて一言も言ってませんが、万が一会社が倒産したり、病気になって務めることが困難になった場合・・・

すべてが崩壊してしまいます。

だから労働以外の収入源が必要になるんです。

 

もしかしたら残り時間が少ないのかもしれません。

躊躇してる暇なんてないんです。

今種をまかないと収穫できないまま

一生を終えなければならないことになります。

 

未来は誰にもわかりません。

だから希望を持ち続けて、実りの秋を夢見て種をまき続けないといけないんです。

収入源がたくさんあったら、少々の災害に耐えれるから。。

 

だから投資をすることにしました。

みなさんよろしくお願いいたします。